A Piece of Paper.

「現実」と「非現実」のはざま。

大腿骨を骨折した時の話≪骨折から入院まで≫

ここ数年で一番苦労したことをパートに分けて記事にしてみます。それは、、、

右大腿骨幹部骨折をしました!

まず気になるところ、何をして骨折したかというとスノーボードです。

本当に綺麗で素晴らしい長野県にある白馬村というエリアで新雪も降り、「最高のコンディションだー!!」とテンションMAXななか楽しんでいたところ、ちょっとした段差をジャンプして降りたところ、突然「ボキっ」という鈍い音とともに激痛が…という具合に骨折してしまいました。

後からCTを見るとヒビが膝方向に見られ、折れてはいないまでもという状態のなか負荷をかけたことで折れた可能性もあるような話でしたが実際の原因は分からず仕舞い。

折れたインパクトが強くて直前のことがイマイチ思い出せないのもあります。

雪山でしたのでレスキューの方にお願いしてソリに乗せていただき、スノボービルで下山。本当に最小限、必要なものを一緒に行っていた妻に用意してもらい、そのまま救急車で病院に直行という流れでした。

今思えば、急に骨折をして急に救急車で運ばれることになってというドタバタに妻を巻き込んでしまい申し訳ない限りでしたが、当時というかその時は全くそんなことを考える余裕もなく、見る見るうちに腫れる太ももと血流が感じなくなり冷たくなりゆく膝から下の感覚に翻弄されたのを覚えています。

骨が折れれば周辺の組織も傷がつくので、開放骨折でなければ体重にもよりますが70キロぐらいの僕で体内で出血が1リットル程度あると言われました。そのため、足は感覚的に1.5倍ぐらい腫れあがったと言っても言い過ぎではないくらいパンパンになりました💦

※血液の量はおおよそ体重の13分の1。70キロですと5リットルちょっとです。

大腿骨幹部の場所と折れた時のCT

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大腿骨というと、「ふともも」の骨ですね。骨折するまで考えたことはなかったですが、太ももって1本の骨なんだと初めて気づきました😅苦笑

余談はさておき、僕は右大腿骨幹部骨折でしたので、右足の太もも中央の部分の骨を折ってしまいました。

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ちなみにですが、折れた際に撮ったCTをドクターにお願いして写メを撮らせていただいた時のがこちら。

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写真を見たときは「マジか!!!」と思いましたが、確実に折れた自覚はありましたので「やっぱり」という気持ちも強かったです。

入院時にまずやること

これが思い出すだけで人生で痛かったNo.1ですが、折れている足の撮影です。麻酔とか痛み止めなしでドクターや看護師の方々にサポートいただきながらレントゲンとCTを撮ったのですが、各方向に向かなければならず信じられないほど痛いです。

そして、撮影が終わると行う処置にもビックリ。

簡単に言うと脛(すね)の上の方に穴をあけて鋼線と言われるワイヤーを通して専用の金具をつけて重りで引っ張ります。

※画像素材があったので良かったですが、写真ですとちょっと絵的にビックリします。ご興味のある方は「大腿骨 骨折 牽引」などで調べると出てくると思います。

詳しくは知らないのですが、直達けん引というようです。引っ張ることで骨が引っ張られて患部の負担が減り痛みも緩和されます。

しかしながら、骨折したのにさらに脛に穴を開けるというのは聞いた瞬間驚きました。ただ、確かに引っ張ってもらった方が楽になったので良かったです。

休日に骨折をしたので

休暇を利用してスノーボードに行ったので、当然入院したのも休日です。

そのため即手術とはならず、折れた状態で3日間けん引したままの状態で待ちました。痛み止めを飲みながら仰向けに寝て待っているだけなのですが、初日の夜は筋肉など色んな組織が傷ついて痙攣をしているような状態でしたので意図しないタイミングでほんの少し筋肉に力が入ってしまうのです。

そうすると、連鎖反応的に各所の筋肉に力が入り折れている患部付近を勝手に締め付けてしまいました。これまた悶絶。

こんなことを数回繰り返すと力の抜き方が分かってきて、右足の存在を忘れてしまったかのような感覚になるほどになります。こうして手術までの残りの日を過ごしたわけです。

力の抜き方さえわかって慣れてしまえば、痛み止めでボーっとしているので寝たり起きたりという生活になり3日間はあっという間でした。

今日のところは、骨折から入院までの間について書いてみました。

生きていればケガはつきもの。したくてしてるケガはないので、もしご家族やパートナーがケガをした時には心配り気配りをして下さればと思います。

僕も妻がわざわざ東京から入院先の長野まで来て色々世話をしてくれたことは、とても助かりました。あとあと文句も言われましたが…(笑)

今となっては一つの思い出です。何かの参考になりましたら幸いです。

では、次は治療について書こうと思います。

 Tachimimi.

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